猥雑で奔放な街:詩語篇
私は一介の旅人。
所詮その国の住民ではないのかもしれない。
私の好きだった(好きな)女性は身寄りのない歓楽街の一軒である雑貨店の店主(40〜50代女性)に世話になっている。
彼女には告白はもちろん手をつなぐくらいで特別な行為はしていなかった。
しかしそれももう一歩。お互いが好き合っていることは確かだった。
そう思っていた。
その日も二人で繁華街を買い物デートだった。
いくつかのショップを巡り、彼女が欲しいものを買い、荷物を持たされ(笑)楽しそうに笑い楽しそうにデートを続けた。
突然だった。
狭い雑居ビルを上下しながら買い物を続けている時だった。
ちょっと待っていてと言いながら彼女はトイレであろうかその場を離れた。
買い物を見ながら行き交う人々を見ながら私は待っている。
その時、小さな雑居ビルが揺れた。するとビル内の客や従業員が慌てて右往左往しだした。
彼女は戻らない。
しかし倒壊するほどの揺れに私は2本を置き去りに急いで雑居ビルから出るしかなかった。
表に出ると大通りを大人数で闊歩するまるでナチスのような軍服姿の団体が行進していいた。
そうやら雑居ビルを倒壊しそうなほど揺らしたのは彼らの行進により発生した大きな振動が原因だった。
彼らはこの国?地域?を支配する政府機関の軍隊あるいは巨大な民兵組織だった。
そして何と彼らに反逆する反乱分子を掃討している最中でもあった。
私はその国の言葉(おそらく中国語)を使って外国人だと怪しまれないように周囲の人たちと話していたが、中には民兵組織のスパイも混じっているようで気が抜けない。
彼女もいっこうに戻ってこない。
いやどうやら彼女は近くで私を見ているようなのだが私の前にはなかなか姿を現さないのだ。
細かな指示はふと耳元で聞こえる彼女の声や窓に挟んであるメモ書きでわかるのだが…
大きな破壊音と多くの悲鳴が聞こえた。
その音のする方を見てみると…彼女を育ててくれたおばさんの店が巨大なクレーンで地面から剥ぎ取られ、瓦礫を撒き散らしながら巨大クレーンで空中を左右に大きく振られている。
木造とはいえ3階建てのその店舗を剥ぎ取り宙吊りにするほどのパワーとそれを行う残虐性を持つ民兵組織が彼らなのかと恐怖感を覚えた…
私の愛する彼女はどうやら反乱分子の一人であったのだ。
彼女は叔母さんを救うべく(いやしかしもうああなってはなす術がないのも彼女は知っているのだが)路上の散髪店で長かった髪の毛をバッサリを切り、さらに奥深い闇の中へ消えていく。
破壊活動でも始めるつもりなのか、私に危害が及ばないようとしてなのか、あるいは仲間たちの元へ行くからなのか、私に対して冷たい視線と別れの言葉をメモ書きで残して…私はなんともやるせない気持ちになった。
民兵組織の蛮行に対してではない。愛する彼女が反乱分子の仲間たちの元へと行ってしまうことに嫉妬しているのだ。
土谷町:詩語篇
男は千葉の外房に近い土谷町というところに二階建アパートを2部屋借りていた。
一軒は仕事部屋だという工場や倉庫に囲まれた一角にあるものだが、もう一軒は右窓側に鬱蒼と茂った森林がある場所に建っており、目の前には倉庫のような建物、左側には幹線道路から続く横道が海まで通っている。
なぜそこにしたのかと男に尋ねると部屋から見える森林の中に小さな廃屋があるからだと言った。
その部屋には私も含めた昔馴染みの仕事仲間が集っているのだが、なにやらガチャガチャと人の出入りが激しく、遠慮した私は一旦その場を離れ、路線バスで30分ほどの隣町にやってきた。
夏だというのに空は暗澹としており空気も薄汚れ淀んでいた。
そう感じた私は急いでその場を離れ、再び男の家に向かうのだが…
到着した男の家はいつの間には見知らぬ人たちでごった返していた。
そこはまるで囚人を管理する刑務所のようだ。
しかし鉄格子やエリアを区切る鉄条網などは無い。
つまり自由にさまざまな人たちが出入りをしているのだが…
その人々は一様に悪人だった。
小悪党もいれば大罪人と思われる者たちもいる。
女性も多く訪れるのだが彼女たちが悪人なのかは定かでは無い。
やがて集う人たちはいくつかのグループに分かれていることがわかる。
到着したての私はまだどのグループにも属してはないが、馴染みの仕事仲間はもうその場にはいないので、とりあえず周囲の人たちに馴染むようにちょっとだけ媚びへつらう私であった。
やがて私はそこで大罪人であるヤクザの兄貴分(小柄だが無口。見た目はZOZOの前澤社長風)と知り合い、彼に一服のほうじ茶を淹れて振る舞うのだが、そのおかげで彼から不思議な信頼感を得て、弱っていく彼に最後の一服を淹れることとなる。
男の家の部屋はすでに大人数が集う集会場の様になっており、そこには食堂(うどん屋?)も開かれ、酒も振る舞われ、各々が自由気ままに屯している。
北関東で消えた女:詩語篇
北関東で消えた36歳フランス人女性はどこへいってしまったのか。
パスポートや身の回りものをホテルに残して忽然と消えた彼女。
しかし彼女には持病があり携帯している薬(これもホテルに残っていた)を服用しないと意識不明になる可能性もある。
彼女の決断は間違いだったのか?
早計だったのか?
あるいは策略なのか?
バブル時代から急成長した高級家具小売大手は実父との確執から醜悪な父の追放劇を経て事業継続が不可能なまでに衰退してしまった。
子役女優出身でもありインディーズの歌手でもあった彼女。
生家は古くから伝わる名家でランスに居を構える。
幼少時から病弱で大人になるまで生きられないともっぱら噂だった。
今では元気に歌手活動を続けていた彼女。
時折突拍子の無いSっ気のある言動もするが憎めなかった彼女。
彼女はどうしたかったのか?
あるいはどうもしたくなかったのか?
ゆりかごの手:詩語篇
ゆりかごの手。
私が目を覚ましたのはそんな母の手の中だった。
ベトナムで生まれた17歳の私が最初に思い出した記憶がそれだ。
それは観光リゾート・ダナンに建設された金色の橋を見た今はっきりと思い出した。
なんでもないようなことが幸せだったと思うあの日を。
グラデーションの深い大きめのサングラスをかけいかつい風体が特徴の70代男性は「自分の場合」とか「親心なんですよ」とか口癖。
まるで暴力団組長のようではあるがアマチュア競技団体の理事長もしていた。
世間からは「新しい船に古い水夫はいらない」と揶揄されたが、何が悪いのかまったく気づいていないのでどこか無邪気でもある。
オールバックのガタイの良い若い衆(やたらと汗っかきな30代)を従えた白髪のこの男性はかつてその業界ではボス的存在だったが、実はその上には昔関取だった過去を隠して大学の理事長まで上り詰めた大ボスがいた。
彼女は少々言動が奇妙だった。
突拍子もない虚言を吐いたかと思えば、正論とも言える国家論なども口にする。
かつては国会議員だったようだが、今の生業はなんだかわからない。
51歳の彼女が若くも見えるが老けても見える。
妖艶で艶っぽさもあるが毒婦のような貫禄を見せることもある。
差別と偏見の塊ではあるが小学生になる娘を持つ母ということもまた事実である。
宮本川:詩語篇
海。
空。
蒼い海。
蒼い空。
ここはどこだろう。
太平洋? 大西洋?
ずうっと広がる大きな景色。
いつから俺はここに居るのだろう。
昨日から? 去年から?
それとも...
...そうだ。
きっと俺の人生はここで終わるのだろうね。
いろいろ起こったようで
あまり何も無かったような人生だったかなぁ。
静かに眼を閉じよう。
そうすれば聞こえてくるんだろうか。
波の音や風の音や...空気の音...地球の声。
大袈裟かな...
...みんなはどこに居るんだろう。
あの空の向こう...きっとそうなのかなぁ。
やっぱり...静かに眼を閉じよう。
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1961年。
北関東の外れ、大きな街。
そのやや北の方に、宮本川は流れている。
川上には(今はもう閉山となった)炭坑。
川下には(今はもう撤去された)セメント工場。
そんな宮本川の岸辺に俺の故郷はあった。
そして1961年、そこで俺は生まれたんだ。
白黒のテレビは、俺が3~4歳の頃に家に来たんだと思う。
家族で出かけた帰り、プロレス中継(野球中継かな?)を見たくて
家に着くなり急いでスイッチを入れるが、声だけが聞こえてきて
絵はなかなか出てこない。でも巨人が負けたことだけはわかった。
絵が出たときには、上原ゆかりのコマーシャルに変わっていた。
そしてライスカレーを食べるんだ。
カレーライスじゃないライスカレー。
あの頃は確かにそう言っていた。
黄色いカレー。カレー粉を小麦粉と水と塩で溶いて
ジャガイモと人参と豚肉の入った鍋に入れる。
それがルーってこと。...かならず2~3杯はおかわりしたよ。
家の裏に、大きな犬が飼われていた。
とても大人しい俺によくなついた犬だった。
首に短い鎖を巻いていて、小さな僕は彼の背中に股がり
金太郎よろしくお馬の稽古。
でも彼は嫌がらず、俺を乗せたまま家の周りくらいなら
平気で歩いてくれた。
庭には梅の木が生えていた。毎年、季節がくると落ちた梅を
母と一緒に拾った。梅酒を造っていたんだけれど、子供の
俺も飲んでいた。おそらく酔っぱらうって感覚、この頃からかな。
川向かいの家からは、よくビートルズの曲が聞こえていた。
その頃には珍しい3階建ての瀟洒な邸宅。
...でもきっと如何わしい仕事で稼いだ金で造った家なんだ、
って思っていた。2階にはホームバーカウンターがあったし
ステレオも最先端のマトリクス4チャンネルの豪勢なものだったし
車も2~3台あったし、
...でも本当は如何わしい仕事ではなかったんだと思うよ。
もちろん風呂は銭湯。
国道を渡ったところにごく当たり前に銭湯があったし
別に内風呂なんてあることが珍しかったし。
毎日、祖母が面倒を見てくれていた。
両親は共働きだったからね。
...小学校へ上がる頃、弟が生まれたんだ。
それが、きっと第2章の始まりだと思うんだ。
長い旅への第2章。
そしてあの戦争もその頃から始まっていたんだ。
その頃とは言うまでもなく、世界が誕生したその時だ。
人類が誕生した時とも言えるだろう。
そして感情が生まれたんだ。
...どうして君を好きになってしまったのだろう。
いつも通っている沿線道路は、折りからの豪雨で大渋滞。
これじゃ君の家に着くのも遅れるはずだ。
ふと見上げると時期外れの桜が舞う中、真昼の月が浮かんでいる。
...眼を凝らしてみる。
...何かが近づいてくる。
そして僕はこれから始まる長い長い戦いの幕開けを知る事となるんだ。
思わず息を呑んだ...
出土記:詩語篇
長き間、その命たちは
地中深く 息を潜めて 生きてきた。
やがて朝日が昇るその日
小さな芽を開き やってくる。
その芽は ある一点を見つめ
すくすくと命を 力の限り
伸ばしだす。
それは? その意味するものは?
やがて朝日が昇るその日
やけに黄色い花が ほころび出す。
それが自然の始まりでもある。
創世記:詩語篇
その頃は、まだ何も存在しない。
無という空間さえ、空という存在さえ。
しかしそれ以前は、無であり空であった。
もちろん水もなければ神を名乗る者さえいない。
漆黒の空間…いや、黒という色さえ存在しない。
そして時間さえも存在しない象限。
故に、その時がいつ来たのか?
長い間、待っていたのか?
あるいは少しの間だったのか?
とにかくその時は、突然に来たのである。
その時の始まり。
それは音の始まりであった。
音?…音とは?
万物の動く音?…風の音?
いや…
私の知らぬ時から永遠に鳴り続いていた
寸分狂わぬリズム…ビート。
そう…
すべては「音」から始まった。